三語小説(細菌・ヤンデレ・節電)

※この小説はフォロワーさんから頂いたキーワード3つを元にして作られたものです。


 ライオンやチーターにとって大切なのは、獲物の肉そのものよりも内臓なのだと聞いたことがある。ビタミンやミネラルが豊富だし、未消化のままの食物繊維も摂取できるからだ。しかし僕が彼女に内臓を食べられているのは、彼女が肉食動物だからでも、僕の身体が栄養に富んでいるからでもない。
「ゴメンね、本当にゴメン……」
 ニカは滂沱のように涙を流しながら、僕の身体を食べている。泣きながら食む姿は綿毛が舞うように美しくて、僕は頭の先から爪先まで充足感に包まれた。


 世界保健機関(WHO)は本日、カニバリズム細菌がほぼ壊滅したと発表――
 部屋でテレビの報道を見たとき、僕とニカは頭の芯が凍りつくような気持ちになり、背中にじんわりと汗が滲んできた。僕はエアコンの温度を18度まで下げた。世間では節電対策のために、エアコンの温度をあまり下げなかったり、長時間の使用を避ける風潮があるが、ニカにとってそれは寿命を縮めることになるのだった。
 カニバリズム細菌は寒さに強い耐性があるが、暑さにはからっきし弱かった。簡単な加熱処理で殺されてしまい、現在では抗菌薬も開発され、絶滅するのは時間の問題だと言われていた。しかし、細菌の絶滅は、すなわちニカの死と等価だった。
「これで、お別れだね」語尾を震わした、絞りだすような声。「私、もうこれ以上あなたの負担になりたくないよ……近所の猫や犬を肉にして持ってきてくれるのも、多額の電気代を払ってくれるのも、嬉しかった……でも、もういいの。私の頭の中の細菌は、たぶんもうすぐ死ぬの。そうしたら、細菌と同化した私の脳も死んじゃうの。本当にごめんね。本当に……」
 身体中を風が吹き抜けるような虚しさが押し寄せる。結局、何も変わらなかったし、何も始まらなかった。彼女を支えようと伸ばした両手で、僕は彼女の首を締め上げていたのだ。こんな馬鹿馬鹿しいことはない。僕は全身がバラバラに砕け散り、四方八方に飛び散ってしまうほどの苛立ちを覚えた。
「いや、謝るのは僕のほうだ」ニカの顔を見据えながら、「恋人として、僕は君に何もしてあげられなかった……これは、僕が出来る、精一杯の償いだ」
 泣きはらした目で彼女が僕を見る。僕は立ち上がり、顔の皮膚に鋭い爪を立てた。鮮血が滴り、床に赤い液体が広がっていく。
「やめて!」
 ゼンマイ仕掛けの人形のように立ち上がり、彼女が僕を止めようと手を伸ばす。僕はそれを跳ね除けると、さらに腕に力を込める。ガムテープを裂くような音がして、顔から皮膚が削げ落ちた。その肉は血で濡れて光っており、ぎっしりとアンコが詰まっていた。
「さあ、僕の身体をお食べよ」<了>