夜の短編喫茶その1

『ベストショット』(テーマ:卒業写真)


 部屋の片付けをしていると、収納棚から懐かしいものがでてきた。それは中学校の卒業アルバムだった。
 作業の手を止めてページをめくっていると、一枚の写真が滑り落ちた。拾い上げてみると、そこには古めかしい体育館を背景に、頬を紅色に染めた私と、不貞腐れたようにこちらを睨む彼が写っていた。
 なんだ、彼もこれを持っていたのか。どこかに失くしてしまったと言っていたのに。そう思うと自然と笑みがこぼれた。


 中学校の卒業式の日は、やけに肌寒かったのを覚えている。重たげなちぎれ雲が空を覆い、湿気を含んだ空気が皮膜のように身体にまとわりついていた。
「せっかくの卒業式なんだから、晴れてくれればいいのになあ」と彼——久保文彦はため息まじりに呟き、目を細めた。こっちの気分まで暗くなっちゃうよ、まったく。独り言のように話すその声を聞きながら、彼が落ち着きなく横目でこちらの様子を窺っているのが私には分かった。
 久保君から告白を受けたのは、卒業式の前日のことだった。体育館で行われた卒業式の予行練習のあと、ケヤキの木がそびえ立つ、人気のない体育館裏に呼び出されたのだ。
  告白の内容はあまり覚えていない。彼は両手を固く握りこませながら、訥々と、しかし真っ直ぐこちらの目を見ながら、自分の気持ちを打ち明けてくれた。だが、生まれてから一度も、そういった交際の申し出を受けたことのない私は、平静さを失って、彼の言葉に首を動かすだけの、出来損ないの機械になっていた。私は頭のなかの脳みそが、熱を帯びたモーターになってしまったような気がした。そしてモーターのうなる音が頭蓋のなかで反響して、告白の台詞を曖昧模糊にしてしまったのだ。
 風がケヤキの枝を揺らして、内密な情報を話し合うときのような音を立てた。すると、久保君はふう、と一つ息を吐いて、返事は明日でいいから、と笑顔で云った。変に繕った、不器用な笑顔だった。拍動する心臓の音が耳元で、やけに近く聞こえた。じゃあ、と手を振ると、彼は制服の前をかけ合わせ、足早に去っていった。去っていく黒い学生服の背中に、彼の笑顔がいつまでも残像となって張り付いていた。
 

 ——それで、昨日のことなんだけど。
 いくらかトーンを落としたその声に、私は回想の世界から呼び戻された。声の方を向くと、真剣な面持ちの彼の顔があった。細く吊り上がった一重瞼から覗く瞳が、じっとこちらを見つめている。
  返事はもう決まっていた。昨晩ベッドに潜り込み、天井を眺めながら返事の内容を考えていた。じっと天井を見ていると、次第に天井が透き通り、向こう側に広がる星の瞬きが見えてくるような気がした。とにかく誠実に彼に返事をしよう。そう決意して、昨晩は浅い眠りについたのだった。
 私は大きく息を吸い込み、気を抜くと飛び出してしまいそうな心臓を押し戻した。そして彼の双眸を見返し、「その、昨日はありがとう」と言葉を紡ぎ始めた。「それでね、実は私も、その……」としどろもどろになりながら、ようやく一本の糸が出来上がろうとした、そのとき——
「ふみちゃーん!」と体育館のほうから、こちらに向かって呼ぶ声がした。私は肩をびくりと震わせた。
 彼は慌てながら、「か、母さん!」と声を上げた。「お母さん?」と私が訊くと、「ああ、そうだ」と嘆息しながら云った。ブラックフォーマルのスーツに身を通し、カメラを手にしたその女性は手を振りながらこちらに近づいてきた。どこに行ったのかと思ったら、こんなところにいたのね。そう云って微笑む彼女は、あら、と細い切れ長の目を動かして、
「もしかして、お邪魔だったかしら?」
 私と久保君を交互に見据えながら云った。
「そ、そんなことないけど」
  久保君は視線を足元に落としながら答えた。ふーん、と興味なさげに云う彼女は、しかし私と目を合わせて、軽いウインクをした。そうだ、と芝居がかった口調で、
「せっかくだし写真撮ってあげる。ほら、二人並んで」と私たちにカメラを向けた。
 余計なことしやがって、と久保君はひとりごちながら私の隣に並んだ。恥ずかしさで頬が火照っているのが自分でも分かった。身体の中に風船が押し込まれたように、息苦しさが胸一杯に広がった。二人ともお似合いだよ、という母親の声に、「うるせえ、はやく撮れ!」彼が怒鳴った。はいはい、と取り付く島もないような返事をした母親が、カメラのシャッターを二回切った。


 この写真は、その時に撮られたものだ。私は写真をアルバムに戻しながら思い返す。卒業式の翌日、久保君のお母さんがわざわざ我が家まで現像した写真を持ってきてくれたのだ。ありがとうございます、と感謝の意を述べると、
「いいわねえ、恋って」と目を細めながら、いたずらっぽく笑ったのが印象的だった。
 それにしても、と私は部屋の隅に置かれた仏壇に目をやって微笑んだ。卒業式の前日に告白なんて、あなたもずいぶんロマンティストなのね。
 仏壇に飾られた写真のなかの彼が、うるせえ、と顔をほころばせたような気がした。


<了>



『LIVE』(テーマ:チケット)


 どうしてもそのバンドのライブに行きたかった。いや、行かなければならなかった。
 12月25日の東京ドーム公演。その日のチケットを、私は何が何でも手にしなければならなかった。しかし、熱烈なファンを多く抱えるそのバンドのチケットを手に入れるのは容易ではなかった。チケットをより入手しやすくするため、私はそのバンドのファンクラブに入会した。
 しかし、ファンクラブの会員だからといって、全員が希望する日にちのライブに行けるわけではなかった。まして、クリスマスという特別な日に行ける人は、ファンの中でも一握りの者だけだった。チケットの争奪戦は熾烈を極めた。
 私はいち早く12月25日のチケットを購入しようとしたが、厳しい抽選の末に外れてしまった。インターネットや電話、あらゆる手段を使ってみたが、運悪く全て売り切れとなってしまった。ディスプレイに浮かぶ「売り切れ」の文字を見ながら、私は苦い絶望を味わい、ため息をついた。
 私がこのバンドのファンになったきっかけは、彼らの曲が有線で流れているのをたまたま耳にしたことだった。それは長年愛しあってきたカップルが、クリスマスに別れるという内容の、スローテンポな曲だった。夢を追って上京する男と、それを引きとめようとする女。しかし女の説得も虚しく、男は女に背を向き、東京行きの電車に乗り込んでしまう。詩のストーリーはありきたりだが、私はその歌を聞いた瞬間、全身に鳥肌がたったのをよく覚えている。特にボーカルの声が、私の心を強く打った。その声を聴いた瞬間、私の心臓がどくんと大きく脈打った。その時から、私は決意を固めていたのだ。このバンドのライブに行こう。ボーカルの声を、顔を、この身体に焼き付けよう。この歌と同じクリスマスの日に——


 そして、12月25日がやってきた。その日は朝から雪がちらつき、開演時間になるとさらに降雪は激しくなった。東京ドームのライトが舞い落ちる雪を淡く照らすその光景を、私は胸を高鳴らせながら眺めていた。
 あれから結局チケットを手にすることは叶わなかった。会場や駅前にダフ屋がいないか見回してみたが、最近は取締が厳しいのか、その姿は全く見えなかった。
 東京ドームが震えたかのような歓声があがった。続いて反響して聞こえてくる、楽器の音色とビート。会場全体から沸き立つ熱狂的な声が、会場の外からでも聞こえてきた。そして——あの声だ。
 聞き間違えようもない、ボーカルの声。鼓膜を直に震わせるその声に、私は込み上げてくる涙を必死で抑えた。泣くのは、この目で彼の姿を見てからだ。
 自らを奮い立たせて、私は入場ゲートの方へ向かった。チケットの確認をしている係員を無視して、私はずんずんと進んでいった。もしもしお客様、と肩を掴まれた。20代前半くらいだろうか、二重まぶたがくりくりと動く、チャーミングな顔立ちをしたその女性は、チケットを見せるよう促した。あらすいません、忘れていたわ、とバッグ内をさぐって、私はチケットの代わりにナイフを取り出した。目の前に突如突きつけられたその刃に驚き、女性はずるずると床に崩れ落ちた。
 ドーム内へ続く扉を開けると、ムッとするような熱気が流れこんできた。ライブはまだ始まったばかりだが、人々は腕を振り上げ、歌詞を口ずさみ、ステージに釘付けになっていた。
 私はずんずん進んでいった。アリーナ席に降り立ったとき、入り口での騒ぎを聞きつけたのか、痩身の男性スタッフに厳しい声色で呼び止められた。
「あなたですね、入り口でチケットを見せずに入ったのは。そういうことをされては困ります、さあこちらへ……」と連行しようとする男性スタッフの胸に、私は飛び込んだ。ずん、という確かな手応えが、ナイフの柄から手に伝わった。首を締められた鶏のような声を出して、男性スタッフは腹を抑えながらくずおれた。
 アリーナ席の最前列に着くと、私はスタッフの静止する声も無視してステージへ飛び乗った。係員やスタッフが慌てて取り押さえようとするのをかわして、私はボーカルの元へと駆け寄っていった。
「ねえ、久しぶり」強烈な照明の光に照らされて見える彼は、汗に濡れて増々男らしい顔つきになっており、驚愕の表情で固まっていた。
「ど、どうしてここに……」先ほどまでの熱狂が嘘のように、満員の会場は静まり返っていた。
「ねえ、覚えてる?」私は口角を軽く上げ、微笑みながら尋ねた。
「なに、を……?」
「あなたが私を置いて、東京に行ったこと。ひどいなあ。私、すごい寂しかったんだからね」
 そう言って私は彼に抱きついた。会場のあちこちからざわめきが生まれ、あたりに伝染していった。そして私は隠し持っていたナイフを取り出して、彼の耳元で囁いた。
「メリークリスマス」
 彼の首から鮮血がほとばしった。


<了>



『ある鐘の独白』(テーマ:鐘)


 私はもう疲れました。この男に暴力をふるわれるのは、もう限界です。雪がちらつく寒空に私を放り出して、男は何十回、何百回と私の腹を打つのです。打ちつける力は強く、体重を乗せているので重いです。あまりの痛みに私は身体を歪め、大声で叫びます。しかし、周りにいる人々はまるで見て見ぬふりで、憐れむような目を向ける人もいれば、恍惚の表情を浮かべる人までいます。男の暴力のせいで私の身体はぼろきれのようになり、くすんだ色になってしまいました。ですが、そんな暮らしも今日で終わりです。私はこの日を、男に復讐を果たすこの日をずっと待っていました。なにも知らない男は、馴れた手つきで私に狙いを定めています。口角を微かに上げた、いやらしい笑み。しかし、その油断こそが男の弱さでした。力を込めて振り落としてきた男に向かって、私は思いきり身体をぶつけていきました。私を繋いでいた金属製の留め具が弾けて、バランスを失った男の上に覆い被さりました。小枝の折れるような音がして、悲鳴が夜の闇を揺らしました。男は仰向けのまま舌を出して、白目を剥いています。雪の上に広がる血が白雪と混ざり合い、場違いなほどに綺麗でした。浅い呼吸を繰り返して、男の顔を見ながら、私は喉を振り絞って叫んでいました。その声は新年の空気に響き合い、音もなく地面に落ちる雪のように、ゆっくりと人々の耳に染み込んでいきました。


<了>



『処刑』(テーマ:嘘)


 日本には、地域によって独自の刑罰を課している土地があってな。そのひとつに、「針千本飲ますの刑」という刑があったんじゃ。
 その刑罰は、人を騙して金品を奪ったり、誰かに嘘をついて自分だけ利益をあげたり、まあ、今で言う詐欺じゃな。当時の日本では、詐欺は人を殺めるのと同じくらい重い罪と考えられていたから、それをやらかした悪人は、かなりきついお灸を据えられたのじゃ。
 ほんで、「針千本飲ますの刑」の内容じゃが、これがまた、えらく地味でのう。火あぶりの刑やギロチンのように、大衆の目を引くようなパフォーマンスがあればまだいいものを、空疎な部屋で事務的に行われるから、なんとも味気ない。といっても、刑はそれ相応に苦しいものなんじゃが、まあ罰なんだから当たり前じゃろうな。
「針千本飲ますの刑」を科されたものは、まず四方を壁に囲まれた部屋に通される。部屋の真ん中にぽつんと椅子が置かれていて、受刑者はそこに腰掛けるように、執行人に言われるんじゃ。席に着くと、両手両脚を紐のようなもので椅子に括りつけられて、手際良く執行人の一人が受刑者の背後に周り込む。何をするかと思えば、いきなり両手で顎をがっしりと抑えて、無理矢理に天を向かせるんじゃ。そしてそのまま別の執行人が歩み寄り、手にした針をこちらに見せつける。わざわざ目の前で針を揺らしてみせて、恐れ慄くこちらの反応を楽しむんじゃ。わしは今でもたまに、あやつらの腐った卵の白身のような目が夢に出て、布団から飛び上がることがある。あやつらは人間の姿をしているが、とんでもない。モノノケかバケモノが人間の皮膚を被っているんじゃ。
 すまんすまん、話が逸れてしまった。あやつらが手にした針は極普通の針で、ほら、君たちが家庭科の授業で使う、まち針があるじゃろ、あれと同じくらいのものじゃ。針先を下に向けて垂直に持ったまま、天井を見上げる受刑者の口元に近づけると、背後にいた執行人が強引に受刑者の口をこじあげるんじゃ。このとき無理に足掻いたり、抵抗したりしないほうがいい。執行人の腕力は相当なものだし、容赦がないから、ブチブチと口角を引き千切られ、刑務所から出るときにはすっかり口裂け男になってしまうぞ。
 そうして開かれた口内に、執行人はスッと針を落とし入れる。執行人も手馴れたもので、歯茎や舌に触れないよう、咽頭に直接落としてくれるから、きちんと飲み込めばあまり痛みはないぞ。まあ、たまに意地の悪い奴もおって、わざと喉の筋肉にひっかかるように落とされたりもする。そうしたら、食事のときに支給される白米を丸めて飲み込むといい。コツはいるが、上手くいけば米のでんぷんがくっついてくれて、ストンと胃の腑に針が落ちるじゃろうて。
 大変なのは刑の執行後で、歩くたびに指先でつねられるような胃の痛みに悩まされる。だから終始腰の曲がった、老人のような歩き方になる。無論、食欲は沸かないが、ここで十分に胃液を出して針を消化する必要がある。大便のときに悲鳴をあげることになるからのう。
 もちろん、刑は一度きりでは終わらん。飲まされる針は一日三本で、たまに月に一日だけ休みが設けられる。そしてこれが一年間続くと、きっかり針千本飲んだことになるという寸法じゃ。まあ大抵のものは服役中に気が狂って刑務所内で首を吊ってしまったり、空の一点を一日中見つめるだけの傀儡に成り果ててしまうのがのう、わしはなんとか刑を全うして、こうして君たちの前で授業をすることができるというわけじゃ。
 え、なになに。先生は全然、針を千本飲んだようには見えないじゃと。まあ確かに、傍目には分からんだろう。じゃがわしも昔はわんぱくでのう、よく執行人と殴る蹴るのすったもんだを起こしたりもしたんじゃ。その証拠に、ほれ。最近の医学の進歩は目を見張るものがあるのう。この人工皮膚がなければ、耳まで裂けたこの口が災いして、おちおち外も歩けん……おや、どうしたんじゃ、みんな真っ青な顔をして。おおい、大丈夫か、しっかりせい。おおい。


<了>



『メッセージ』(テーマ:手紙)


 秋空の下をアマゾネスとダヴィが並んで街を散歩していると、どこからか不穏な気配を感じた。
ダヴィ、なにか聞こえないか」
「アマゾネス、俺もそう思うよ」
 木の根のような触手の先端から黄土色の液体をぶちゅぶちゅと噴出させながらあたりをうかがっていると、どこからか空気を裂く音が聞こえた。ふと頭上を見上げると、なにか眩い光を放った物体がこちらに向かって落下していた。二人は悲鳴をあげて尻餅をついた。
 すさまじい轟音を立てながら、その物体は二人から数十センチ先の地面にめり込んだ。周囲に砂埃が舞って、二人はぎぃええッぎぃええええッと咳をしながら立ち上がった。
「ったく、なんなんだよ、もう……」
 次第に砂塵が晴れてくると、二人は落下地点へこわごわと歩み寄った。硬い地面に幾筋も亀裂が走り、その亀裂の集約点に鉄製の物体があった。何度か躊躇しながらも、アマゾネスは思い切ってその物体を触ってみた。表面は滑らかで、光沢があった。
 力を込めて地面から引き抜くと、鉄製の物体は長さが二十センチほどの偏楕円形をしており、中身が空洞であるかのように軽かった。卵型のその物体の胴回りには切れ込みがあり、カプセルをぐるりと一周していた。なんだろう、と二人は不思議に思い、八つある鼻で匂いを嗅いだり、紫色の舌でカプセルを舐めてみたりした。そして舌が横向きの力を加えた時、カラカラと音を立ててカプセルの先端が回った。
 そのまま回していると、カプセルの先端部が外れた。中から一枚の紙が出てきた。二人は興味深げに触手を打ち鳴らしながら、その紙に書かれた文章を読んだ。


 そもそも始めに、私の宇宙公用語は上手いじゃないことをあなたへ知るべきです。
 手紙をこの持ったあなたはなんの星の者生きるか。私は分からない。しかし例えば、手紙をこの持ったあなたへ私の感情を把握したいほしい。こんにちは。
 私の生きる地球はズダボロ。とてつもないズダボロでなっています。病気が完全にビュンビュンと飛んだ。病気が原因は分かるじゃない。だからズダボロなる。だいたい、私の集団が少ない時間でくそになるかもね。しかし仕方がない。あのズダボロは運命に私は分かります。
 私の地球の虫の息の前の、私の宇宙の行きました。しかし私の宇宙の乗り物の活力のはズダボロでくそ。だから、手紙を死んで書きましたこれ。例えば手紙をこの持ったあなたが時は、地球はくそまみれだろう。だから死んでだろう。
 私は微妙に、あなたに分かりますほしい。先祖、宇宙で地球あった。分かります? 私の感情へそれ一つです。こんにちは。


 アマゾネスとダヴィは、最初は神妙な面持ちで文面を読んでいたが、だんだんフジツボのような突起物の付いた肩をわなわなと震わせ、最後にはぴぃぎえええッぴぃぎえええええッと腹を抑えて笑い転げた。要領の得ない地球人のちぐはぐな文章がおかしくて、ついに耐えられなかったのだ。どこまでも広がる秋の空の下、二人のぴぃぎえええッという笑い声だけが、遠浅の海の波の音のように長い尾を引いていた。


 これは一体なんなのだろう、と少年は首を捻った。
 アマゾネスとダヴィという宇宙人が、空から降ってきたカプセルの中にある手紙を読む。さらにその手紙には宇宙飛行士——それも、多分少年の住む星と同じ地球の——が書いたメッセージが載っていた。
 少年はこの文章が書かれた紙を、学校の図書室で見つけた。宇宙の歴史に関する書物を探して本をめくっていたら、ページの間に挟まっていたのだ。
 どこか絵空事のような内容だ。しかし、手紙の中の人物はおそらく、何か病気が蔓延して星が滅んだ、と言っていた。
「まあ、どうせ誰かが暇つぶしに書いた小説か何かだろう」
 少年は紙を元のページに挟み、本を棚に戻した。時計を見ると、もうすぐ昼休みが終わる時間だった。結局目的の本は見つからなかったなあと肩を落として、少年は出口へと向かった。
 ふと、少年は何気なく図書室の窓の外に目をむけた。そこには眩い光を放った物体が真っ直ぐに学校のグラウンドに向けて落下していた。


<了>