福岡県と少年はくろの話
脱皮した巨大な蛇みたいだな、と思った。福岡駅前の配給の列は途絶えることがなかった。皆一様にセピア色の服をまとっていて、饐えた臭いを放っていた。
— ウラフライダー (@uraflider) 2014, 6月 5
福岡駅の周りには木造の建築物は一つもない。放棄された塵芥が自然発火して燃え広がり、消し炭になってしまったからだ。あちこちでどす黒い煙が立ち上り、福岡の空は磨りガラスを通してみるように判然としない、
— ウラフライダー (@uraflider) 2014, 6月 5
ラジオからはビートルズが流れていた。ジョンレノンは生きてる、と博多駅前の雑貨店の店主が言っていた。種をくれ、とはくろは店主に詰め寄った。店主は乾燥させた葉をパイプで吸い込みながら、Happiness is a warm gunを口ずさんでいた。ラジオからはビートルズが流れていた。
— ウラフライダー (@uraflider) 2014, 6月 5
博多に自治権はなかった。はくろは民家から芋を盗み出す少女を見た。ボロ布のような服を着て、目だけがギラギラしていた。裸足の少女ははくろに目もくれず、走り去った。ここから東へ十ブロック先にある、スラム街へ行ったのだろうと思った。
— ウラフライダー (@uraflider) 2014, 6月 5
蛮声が博多駅の外れで上がった。催涙ガスや警棒を持った特務隊がいた。大阪人と思われる肌の浅黒い青年が取り押さえられていた。目を覚ませ非国民、と青年が叫ぶと、ガツンという音がした。輸送車に押し込まれた青年は無言だった。特務隊の車両は轟音を響かせ、荒っぽい運転で走り去っていった。
— ウラフライダー (@uraflider) 2014, 6月 5
南蛮から飛来する黄砂で、博多人の視力は衰えていく一方だった。目尻に涙を溜めながら、はくろは頻繁に見る夢を思い出していた。この街を砂塵が完全に包み込み、銃声や喚声のない静かな大地を歩く夢だった。カブの葉の味噌汁を啜ると、ざらついた砂の質感が舌に広がった。
— ウラフライダー (@uraflider) 2014, 6月 5
吹き付ける黄砂が寝屋の窓を叩いている。はくろは筵に横になると、見たことのない星について考えた。真っ黒な空に光が浮かぶというのは、とても綺麗なのだろうと思った。昼間に見た少女の、ギラギラとした目を思い出した。昔、宝石店から盗み出したゾイサイトの光に似ていた。
— ウラフライダー (@uraflider) 2014, 6月 5
外套を羽織り、はくろはあばら屋から出た。夜の博多はヒッピーが闊歩し、自然発火するゴミの煙と黄砂で空が石灰水のように濁っていた。スラム街へ向かう途中、野良犬を見た。肋骨が浮き出ていて、あちこちの毛が剥げていた。配給の余りにカブをやると、音をたてて咀嚼した。
— ウラフライダー (@uraflider) 2014, 6月 5
常夜灯に照らされた、トタンの屋根が見えてきた。博多駅の外れにあるスラム街だった。黄砂が吹くたびにトタンが揺れて、夜が泣いているような音をたて、はくろの側にいる痩せた犬が唸った。
— ウラフライダー (@uraflider) 2014, 6月 5
スラム街は海の底に沈んだように静かで、足音と黄砂とトタンの音だけが響き合い、夜に溶けていった。突然、痩せた犬が走り出し、吠えた。ゴミと木材だけで作られた粗末な家。中を覗くと、眠っている少女が焚き火に照らしだされていた。その額には銃痕があり、床には血と脳症と芋が散らばっていた。
— ウラフライダー (@uraflider) 2014, 6月 5
外套を少女の顔に被せると、はくろはスラム街を後にした。特務隊の侵攻により、博多は自治権を取り戻しつつあると手元のラジオが報じた。平和が博多に齎されます、とニュースキャスターが嬉々として話した。心のなかの隙間を黄砂が吹き抜けて、はくろは初めて自分が泣いていることに気づいた。
— ウラフライダー (@uraflider) 2014, 6月 5
帰路につくと、はくろは少量の大麻を紙で巻き、火を付けた。頭の中にアメーバが広がり、頬の筋肉が弛緩してきた。部屋に漂う紫色の煙を眺めていると、ラジオからジョンレノンのCold Turkeyが流れてきた。薬に手は出すなと歌っていた。紫色の空を見上げながら、静かな夢の中へ落ちていった。
— ウラフライダー (@uraflider) 2014, 6月 5
<了>
— ウラフライダー (@uraflider) 2014, 6月 5
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— ウラフライダー (@uraflider) 2014, 6月 5