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 近所のラーメン屋が潰れ、テナント募集の紙が貼られて数ヶ月経つ。人間の新陳代謝は毎日行われて身体の細胞は年単位で入れ替わるが、おれの住む街にはもはや死んだ細胞しか残されてはいないのだろうか。髪や爪は角化した細胞の集合体らしい。髪染めやマニキュアはいわば死に化粧だとおれは思う。

 朝の駅前のロータリーではタクシーとバスがひしめき合い、目抜き通りにはサラリーマンと女子高生と主婦と外国人と老人が血管を巡る赤血球のように駆け足で通り過ぎる。街の心臓部は脈動し続けているが、四肢の末端である私の地区は既に壊死し始めているのかもしれない。街については、引っ越しをすれば身体の持ち主を変えることができるけれど、人の場合はそうもいかない。鉄筋コンクリートの寿命は100年を超えるらしいが、鉄筋コンクリの建物は実際には30年ほどで建て替えられてしまう。おれの場合はそもそも基礎が脆い欠陥住宅なのでコンクリートと一緒に朽ちてしまいたいのだけれど。

 最寄り駅から自宅までの帰り道にある飲み屋を全て制覇することが今年の目標だったのだが、ほぼ達成できそうな気配がしてきました。恋人とカウンターに座って焼いた銀杏とおろしたっぷりの秋刀魚を頬張りながらビールを胃に流し込むと、弛緩性の酔いがベールになって頭上から覆いかぶさってくる。吸水性ポリマーが水を吸うように、身体中の細胞にアルコールが染みていく感覚。細胞はやがて消えていくが、前頭葉五臓六腑にこの思いが刻まれていれば良い。